人物
シャルル・ダルブレ
フランス王国軍総司令官(コネターブル)
生没: 1369–1415
肩書き上は全軍の指揮官でありながら、身分の序列の前で命令が届かなかった総司令官。
名目上はフランス全軍の指揮官。だが国王も王太子も不在で、現場には自分より家格の高い大諸侯が並んでいた。総司令官の権限は身分の序列の前で薄くなる。会戦前には戦わずに英軍を追尾する案もあったが、名誉と諸侯間の競争が前進を押し、彼はその流れを止められないまま第一陣で戦死した。計画の質ではなく、権限の構造で負けた人物である。
流儀:肩書きはあるが、命令が届かない
シャルル・ダルブレはフランス王国軍総司令官(コネターブル)であり、名目上は全軍の指揮官だった。だが国王シャルル6世は病で不在、王太子も不在で、現場にいたのは自分より家格の高い大諸侯たちだった。総司令官の権限は、身分の序列の前で薄くなる12。
会戦の前、フランス側には「戦わずに英軍を追尾してカレーまで消耗させる」という選択肢もあった。だが名誉と諸侯間の競争が前進を押した。彼はその流れを止められないまま、第一陣で戦死する。
繰り返し現れる型
合議の中の総司令官
肩書き上の指揮権と、実際に人を動かせる力が一致していない。
身分が配置を決める
名誉のある第一陣に大貴族が集中し、戦術的な必要ではなく序列が隊形を決めた。
止められないまま先頭に立つ
流れを止められないなら、せめて自分が先頭に立つ。そして死ぬ。
強みと限界
全軍の指揮官として、統一した計画を持っていた(下馬戦闘と射手対策)。
その計画を実行させる権威が無かった。計画の質ではなく、権限の構造で負けた。
アジンコートとの接点
フランス側の敗北は、無謀さの敗北ではなく「誰が決めるのかが決まっていない」ことの敗北である。トラファルガーのヴィルヌーヴと同じく、読みではなく実行の側で負けた。
シャルル・ダルブレ。『ジル・ル・ブヴィエの紋章集』1455年ごろ、フランス国立図書館蔵。部分。肖像ではなく紋章を示すための図像である。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例