人物
ゲプハルト・レーベレヒト・フォン・ブリュッヘル
プロイセン軍元帥
生没: 1742–1819
敗北の翌日、補給線へ戻る方向ではなく合流できる方向へ退くことを選んだ元帥。
72歳。6月16日のリニーで敗れ、落馬して自軍の騎兵に踏まれ、数時間指揮を執れなかった。彼の最大の仕事は戦った日ではなく、負けた翌日にある。敗軍は補給線へ戻る東ではなく、ウェリントンとの距離を保てる北のワーヴルへ退き、18日、彼は西へ動くことを決めた。ワーテルローの勝敗は、この「合流できる方向へ退く」という一点で決まっている。
流儀:負けた翌日に、どちらへ退くかを決める
ブリュッヘルは6月16日のリニーで敗れ、落馬して自軍の騎兵に踏まれ、数時間指揮を執れなかった。72歳である。この会戦で彼がした最大の仕事は、戦った日ではなく、負けた翌日にある。
敗軍が退く方向には二つあった。東(リエージュ方面)へ退けば自軍の補給線に戻れる。北(ワーヴル)へ退けば補給線から離れるが、ウェリントンとの距離は保たれる。参謀長グナイゼナウはウェリントンを信用しておらず、東を志向したとされる。それでも軍はワーヴルへ退き、18日、ブリュッヘルは援軍として西へ動くことを決めた13。合流できる方向へ退く——ワーテルローの勝敗は、この一点で決まっている。
繰り返し現れる型
退路を「戻りやすさ」で選ばない
補給線へ戻る方向ではなく、次に合流できる方向へ退く。敗北の直後にこれを選べるかが分かれ目になる。
約束を実行する
疲れきった軍に18キロの泥道を歩かせた。合流とは意思ではなく、行軍の実行である。
参謀の慎重論を押し切る
同盟相手を信用しない参謀長に対し、行くと決めた。同盟は分析ではなく決定で成立する。
強みと限界
敗北の翌日に、負けを取り返せる方向を選べる。
その選択は補給を犠牲にする。合流が実現しなければ、根拠地から切り離された敗軍が残るだけになる。
ワーテルローとの接点
18日夕、彼の 48,000 人がフランス軍の右後方に現れた。戦場に着いたのは18日だが、着けるようにしたのは17日である。
エルンスト・ゲバウアーに基づく肖像、1815–19年ごろ。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例