人物
石田三成
西軍の実質的な指導者(五奉行)
生没: 1560–1600
正しい計画を立てながら、それを人に実行させる資格を持っていなかった指導者。
太閤検地と朝鮮出兵の兵站を差配した有能な行政官であり、関ヶ原の作戦計画も軍事的に妥当だった。壊れたのは計画ではなく「西軍と呼ばれる集団が命令に従う」という前提である。彼は五奉行の一人であって、大名たちの所領を保証する権限を持たない。豊臣家の名で動いていたが、その当主はまだ7歳だった。家康と同じ手を打とうにも、打つ資格が無かった人物である。
流儀:正しい計画を、命令する資格なしに立てる
石田三成は無能ではない。太閤検地と朝鮮出兵の兵站を差配した有能な行政官であり、関ヶ原の作戦計画そのもの——大垣城を出て関ヶ原で東軍を迎え撃つ形——も軍事的に妥当だった23。
壊れたのは計画ではなく、その前提である。「西軍と呼ばれる集団が、命令に従う」。だが彼は五奉行の一人であって、大名たちの所領を保証する権限を持たない。豊臣家の名で動いていたが、豊臣家の当主はまだ7歳だった。家康と同じ手を打とうにも、打つ資格が無かった。
繰り返し現れる型
正しい計画は、実行の資格と別物である
作戦の質と、その作戦を人に実行させる権限は、まったく違う能力である。
約束できないと交渉できない
所領を保証できない者は、相手に動かない理由を与えられない。交渉は資格の関数である。
正統性を借りる
豊臣家の名を借りて動いたが、名を貸す当主はまだ7歳だった。借り物の正統性は、詰められると崩れる。
強みと限界
行政と兵站を回せる。短期間で大軍を集める組織力があった。
集めた軍が命令に従うかは別問題である。人数を集める力と、人数を動かす力は違う。
関ヶ原との接点
『石田三成像』(部分)18〜19世紀ごろ、子孫の杉山家所蔵。同時代の肖像ではない。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例