人物
徳川家康
東軍の総大将(五大老筆頭)
生没: 1543–1616
まだ自分のものではない土地を担保に、相手が「動かないこと」を戦う前に買った総大将。
三成の挙兵を知ったあと、すぐに西へ向かわず江戸で約1か月動かなかった。その期間に諸大名へ書状を送り続けており、確認されるだけで160通を超える。売っていたのは勝ち馬ではなく戦後の所領で、まだ自分のものではない土地を担保に、相手が「いま動かないこと」を買った。戦場での兵力ではなく、戦場に来ない兵力を作った人物である。
流儀:動かないことが仕事になる期間がある
1600年、三成の挙兵を知った家康は、すぐに西へ向かわなかった。江戸に入って約 25〜30 日、動かない。この期間に何をしていたかというと、書状を書いていた。確認されるだけで 160〜180 通を超える34。
売っていたのは勝ち馬ではない。戦後の所領である。「そのまま安堵する」「加増する」——まだ自分のものではない土地を担保にして、相手がいま動かないことを買った。戦場での兵力ではなく、戦場に来ない兵力を作っていたのである。
繰り返し現れる型
動かない時間を使う
遅れているように見える期間が、実際には交渉の時間である。動かないことを仕事として設計できる。
未来を担保にする
まだ持っていない戦後の所領を約束の材料にした。約束できる資格があるかどうかが、この手を使えるかを決める。
寝返らせるより、動かなくさせる
味方にするのは高い。中立でいてもらうほうが安く、そして戦場では同じ効果を持つ。
勝ったあとに配り直す
6,320,000 石を没収して再配分した。戦闘で得たのは勝利ではなく、土地を配り直す権利である。
強みと弱点
戦う前に相手の戦力の一部を数から外せる。
その手は、約束が守られると信じられている立場でしか使えない。信用が無ければ書状はただの紙になる。
勝ったあとの再配分まで含めて設計している。
それでも豊臣家は残り、片づけるのに 15 年かかった。決着は一日では終わらない。
流儀が見えた場面:関ヶ原
戦場に並んだ西軍のうち、実際に戦ったのは半分以下だった。その差は戦闘で生じたのではなく、江戸で書いた手紙の分である。
狩野探幽『徳川家康像』江戸前期、大阪城天守閣蔵。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例