人物
エマニュエル・ド・グルーシー
フランス元帥(右翼分遣隊を指揮)
生没: 1766–1847
命令には忠実で、その命令が何のためのものかを渡されていなかった元帥。
17日にフランス軍の約3分の1を預けられ、「プロイセン軍を追え」と命じられた。だが敵の退路は分かっておらず、命令は何のために追うのかを言っていなかった。18日昼、西から砲声が聞こえたとき、部下のジェラールは砲声へ向かうべきだと進言したが、彼は命令に忠実であろうとしてワーヴルへ進み続けた。無能でも裏切り者でもなく、渡されたものだけを守った人物である。渡されなかったのは意図だった。
流儀:命令には忠実で、意図は渡されていない
グルーシーは17日、30,000〜33,000 人を預けられ「プロイセン軍を追え」と命じられた。だが敵がどこへ退いたのかは分かっておらず、命令は何のために追うのかを言っていなかった12。
18日昼、西から砲声が聞こえる。部下のジェラールは砲声の方向へ向かうべきだと進言した。グルーシーは命令に忠実であろうとしてワーヴルへ進み続ける。彼は無能でも裏切り者でもなく、渡されたものだけを守った。渡されなかったのは意図である。
繰り返し現れる型
手順は守れる、意図は守れない
「追え」は実行できるが、「何のために」が無ければ状況が変わったときに判断できない。
連絡が切れた瞬間に止まる
上位と連絡が取れないとき何をしてよいかが決まっていないと、組織は最後の指示のところで固まる。
責任は個人に付け替えられる
設計の欠陥は、後から「あの男が来なかった」という物語に置き換えられる。
強みと限界
与えられた任務を規律正しく遂行できる。ワーヴルでの戦闘自体は敗北ではない。
任務の前提が崩れたことを自分で判断できない。委任されていたのは動作であって目的ではなかった。
ワーテルローとの接点
トラファルガーのネルソンは、信号が届かなくなる形に自分から持ち込みながら、事前に意図を配ってあった。ナポレオンは手順を配って意図を配らなかった。同じ「連絡が切れる」という条件が、一方では自走に、他方では停止になる。
ジャン・セバスチャン・ルイヤール『エマニュエル・ド・グルーシー』1835年、ヴェルサイユ宮殿蔵。会戦の20年後に描かれた公式肖像である。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例