人物
ジョゼフ・E・ジョンストン
南軍西部方面司令官
生没: 1807–1891
救えないものを救おうとせず部隊を残す判断ができ、そのために政治的に評価されなかった将軍。
「町は捨てられるが、軍は捨てられない」という順序を守った将軍である。ペンバートンに町を出て合流するよう繰り返し求め、手元の兵力では包囲を破れないと見て無理な救援を試みなかった。軍事的には妥当だが、ヴィックスバーグは南部連合が持ちこたえている証拠であり、政治的には捨てられない町だった。正しい軍事判断と正しい政治判断は一致しないことがある。
流儀:救えないものは救わない
ジョンストンの判断は一貫していた。町は捨てられるが、軍は捨てられない。彼はペンバートンに町を出て合流するよう繰り返し求め、自分の手元の兵力では包囲を破れないと見て、無理な救援を試みなかった12。
軍事的には妥当である。だが政治的には、ヴィックスバーグは「南部連合が持ちこたえている」ことの証明であり、捨てられる町ではなかった。正しい軍事判断が、正しい政治判断と一致しないことがある。彼はその後も慎重さを理由に更迭され続ける。
繰り返し現れる型
場所より部隊を残す
土地は取り返せるが、失った軍は戻らない。この順序を守れる指揮官は少ない。
無理な救援をしない
救えない相手を救おうとして自分も失う、という形を避ける。冷たく見えるが、これは計算である。
慎重さは政治的に負ける
守るべき象徴を捨てる提案は、たとえ正しくても通らない。慎重な将軍は評価されにくい。
強みと限界
救えないものを見分け、部隊を残す判断ができる。
その判断は上位(大統領)の政治的必要と衝突する。正しさだけでは通らない。
ヴィックスバーグとの接点
彼とペンバートンは合流しなかった。だが「合流しなかった」の中身は二人で違う。ジョンストンは合流できないと判断し、ペンバートンは合流してよいか決められなかった。
南北戦争期の写真。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例