人物
ゴート卿
英国海外派遣軍司令官
生没: 1886–1946
勝つための命令に従うと軍が消える局面で、目的のほうを書き換えた司令官。
1940年5月25日、上からの南進攻撃案を実行せず、手元の2個師団を北へ回して側面の穴を塞ぎ、海岸への回廊を確保した司令官。英雄的な決断としてではなく、「勝つ」から「軍を残す」へ目的を書き換えた瞬間として読むべき判断である。フランス側からは先に降りたと見られ、その不信は戦後まで残った。
流儀:命令より、軍が残るほうを取る
ゴートは英国海外派遣軍の司令官だった。5月25日、彼は上からの南進攻撃案を実行せず、手元の2個師団を北へ回して側面の穴を塞ぎ、海岸への回廊を確保した14。この判断がなければ、袋は先に閉じていた可能性が高い。
これは英雄的な決断としてではなく、「軍を残すことを目的に切り替えた」瞬間として読むべきである。勝つための命令に従うと軍が消える、という局面で、彼は目的のほうを書き換えた。負け方の設計は、まずこの書き換えから始まる。
繰り返し現れる型
目的を書き換える
「勝つ」から「残す」へ。この切り替えを誰かが明示的にやらないと、組織は勝つ前提のまま消えていく。
命令より状況を見る
上位の作戦案は、彼が見ている穴を見ていなかった。命令の前提が壊れているときは、命令のほうが古い。
自分は最後に降りる
彼は6月1日に本国からの直接の命令で撤収した。降りる順番は、決断の信用に直接効く。
強みと弱み
軍を残すという一点に判断を集約できる。
その集約は同盟国から見れば「先に降りた」と映る。フランス側の不信は戦後まで残った。
前提の壊れた命令に従わない判断ができる。
同じ判断は、前提が壊れていなかったときには単なる不服従である。区別は結果からしかつかない。
ダンケルクとの接点
この事例で救われた 338,226 人のうち、撤退の可能性を最初に確保したのは5月25日の判断である。船と手順はそのあとの話になる。
ゴート卿、1939年、IWM蔵。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例