人物
エーリヒ・フォン・ファルケンハイン
ドイツ参謀総長
生没: 1861–1922
勝てない状況で勝ちの定義を書き換え、そこに終了条件を書き忘れた参謀総長。
1914年9月、マルヌの失敗のあとに参謀総長となった軍人。塹壕線が動かない状況を戦術ではなく算数の問題として扱い、勝利の条件を「敵の軍を壊すこと」から「敵の人的資源を先に尽きさせること」へ移した。ヴェルダンはその発想の実装である。ただし計画に終了条件が書かれておらず、比が悪化しても止める根拠が生まれなかった。1916年8月29日に解任されたが、戦いはそのあと111日続いている。
流儀:勝てないと分かったら、勝ちの定義を書き換える
ファルケンハインは1914年9月、マルヌの失敗のあとに参謀総長になった。彼が引き継いだのは、短期決戦の計画が失敗したあとの戦争である。塹壕は動かず、突破は毎回攻撃側のほうが多く死ぬ。彼はこの状況を、戦術ではなく算数の問題として扱った23。
出した答えが「交換比」である。土地を取れないなら、相手の人間を削る。ただし無差別にではなく、相手が絶対に手放せない場所を選び、そこで削る。放棄できない場所なら、相手は何人でも送り込んでくる。送り込んできたところを砲で処理すればいい。
この発想の切れ味は本物である。勝利の条件を「敵の軍を壊すこと」から「敵の人的資源を先に尽きさせること」へ移した。問題は、その定義に終了条件が書かれていなかったことだった。何人削れば止めるのか。比が想定より悪ければどうするのか。ヴェルダンの計画には、その行が無い。
繰り返し現れる型
勝ちの定義を移す
取れないなら削る。行き詰まったときに評価軸そのものを動かすのは、有効な手であり、同時にいちばん危ない手である。
相手の「手放せないもの」を狙う
価値は地図ではなく相手の頭の中にある。象徴的な場所は、軍事的な場所より確実に相手を呼び寄せる。
終了条件を書かない
これが失敗の型である。削り合いを始めるなら「いつ止めるか」を先に書く。書いていない計画は、止まらないのではなく、止め方を誰も知らない。
強みと弱み
状況が変わったとき、目的そのものを設計し直せる。
書き換えた目的が正しいかを検証する手段が、その目的の中に無い。比が悪化しても、比で測っている限り「もう少し続ければ」としか読めない。
相手の心理的な制約を計算に入れられる。
同じ制約が自分にも生まれる。ヴェルダンはドイツにとっても、途中から手放せない場所になった。
流儀が見えた場面:ヴェルダン
1916年8月29日、ファルケンハインは解任された。だが戦いはそのあと 111 日続いている。設計者がいなくなっても機械は回った。これが「出口を用意しない設計」の正確な意味である。
スターリングラードの固執と混同しないでほしい。固執は「相手を釘づけにして、別の場所で決める」ための設計であり、別の場所がある。ヴェルダンには別の場所が無い。だから設計した側も、同じ機械に入った。
エーリヒ・フォン・ファルケンハイン、1913年ごろ、アルベルト・マイヤー撮影。Public Domain, via Wikimedia Commons
登場する事例